コラム「未来を映す繊維産業~日本の産業の姿を先取りする先進性~

 ■30年先を行く繊維産業
 かつて衰退産業のひとつとして大きく採り上げられた業界に繊維産業がある。明治以降、常に発展する日本経済の中心として君臨し続けていた繊維産業は、早くも昭和も半ばを越える頃になると、大きな時代の波に晒されてその持てる力を徐々に失い、後退し始めた。その後も需要の落ち込みに加えて、安価な外国製品の流入によって競争力が落ち込み、生産拠点の海外移転の進展等で次第にその力を弱めていった国内の繊維産業は、ついに成熟期から衰退期へとその歩を進めなければならなくなった。
 しかし、この繊維産業の動きと日本経済の動きを並行して追い、広い視野の中で比べてみれば、実は繊維産業こそ常に日本経済の動向を30年前に先取りし、実行しているということが分かってくる。繊維産業に起こったことは、それから3年の後に、日本経済全体にも波及しているのである。つまり、発展するにせよ衰退するにせよ、日本経済の行く末はまず繊維産業のうちに現れ、顕著にその特徴を見せ始めるのである。先に述べた外国製品との競争の激化、海外移転による空洞化、そして地域産業の衰退から産業全体の弱体化へと向かう道筋は、一人繊維専業のものではなく、日本の産業全体が経験しなければならなかった道程だと言えるが、それらはまず繊維産業に起こった事柄なのである。
 こうしてみると、日本の産業の未来の姿を映すモデルとしての繊維産業の特殊性と普遍性がはっきりと見えてくる。鉄鋼業、水産業、精密機械産業など世界と肩を並べ、時には世界をリードしながら日本の産業発展に寄与してきた業界は多いが、いずれも発展と衰退を繰り返しながら現在に至っているとは言うものの、日本の近代の歴史の歩みにぴったりと寄り添って、その未来への道筋を示す産業とは何かという視点からすると、繊維産業ほどそれに相応しい産業は見当たらない。
 例えいかに自動車産業や電気製品製造業が輸出品を中心として巨大な成果を挙げようと、その産業の成り立ちとしての姿が先に述べた日本産業の行く末を占うものとはなっていないのである。

■地財の宝庫
 繊維産業は常にそうした普遍性を見せながら、またその産業独特の特殊性をもはっきりと示している。
 特に、「地域性」というものを示す点に於いて、繊維産業ほど、日本各地で独自の発展を遂げた業界はないのではないだろうか。日本国内のある地域に集まる企業群が、それぞれ独特の地域性を持って、産業全体の中である役割を担っていく。それは、例えば福井といい、大阪といい、繊維産業が大いに発展した地域の企業群をひとつの文化的なノウハウを持つ地域グループとして捉えると、より判りやすくなる。
 その地域独特の商習慣、企業間の連携、技術の伝播、「知」の集積といった面で、地域の持つ力、地方に息づく伝統といったいわゆる「地域性」というものが持つ良さを示している例は、他の産業で見ることは難しい。その地に育った知的な財産、いわば「地財」が生き生きと活かされている姿は、繊維産業にこそ見ることが出来ると言えるのである。
 未来を指し示す先進的な産業としての普遍性と、「地財」を活かしている産業としての特殊性という相反する性格を見せるものとして、繊維産業を見つめ直すことは、今後、日本の産業全体を考える上で非常に重要なことではないかと考えている。

大阪シテイ信用金庫『調査季報』